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Paka Sovietia , Ochon Spaciva
Road 2 Border
Road 2 Border
アルメニアを過ぎると、長かった旧ソビエト圏の観光も終わり。
ビザ待ちのせいで、1ヶ月は余計に使ってるような気がする。でもビザ取りが旅行してるという実感を物語ってもくれました。
で、ロシア語もほどほどにできるようになる。たぶん2歳児くらいにはできてると思う。言語を覚えるって楽しい、と思わせてくれたのも旧ソビエト圏。こんな感じで日本の英語教育できないもんですかね?無理すか?

アルメニア抜けは最初簡単だと思っていたけれど。
やっぱり甘くはなかった。問題は天候。
Goris
Frozen city Golis
いつもなら余裕の3時間待ちとかが地獄になる。

道のりはというとステパナケルト−ゴリス−カパン−メグリ−ボーダーということで、どこの街でも泊まることができる。
最初はゴリスで、と思っていたのですがゴリスの天候が最悪。この前のシューシとおんなじでした。
Goris
Frozen city Golis
ここにはアルメニアのカッパドキアと呼ばれるような奇岩地帯が広がっているよう。
けど何も見れませんでした。
夏とか、晴れてたりしたらハイキングできそう、残念。

寒さに耐え切れず、1街でも進めようということで訪れたのがカパン。でもこれが裏目に出た。
ここには宿が2個しかなく、「クバルチーラ(民泊)!」も不発。1泊17$相当の宿に止まる羽目に。ここまで求めてません、な宿がソビエト圏最後の宿か。
Kapan
city Kapan
これは、推定速度アルメニアNo.1のブロンズ像。

カパンは結構発展しつつある新しい街。
Kapan
Kapan city
レゴのような風景にでっかい山々がそびえる避暑地的な印象でした。国境近く特有のガヤガヤした面―特に幹線道路のチャイハネなど、も持つゲートシティとしてはいい街。
Kapan
Kapan city
民泊さえできれば最高な街なんじゃないかと思いました。

そこからボーダーまでは最後の移動。ここは運よくトラックをヒッチ。旧ソビエト圏はヒッチに始まりヒッチに終わることとなった。しかもこれまた遅い遅いカマス。キルギスの時ほどではないけれど、小走りぐらいのスピードでコーナーをガンガン攻めてました。
Road 2 Border
Road 2 Border
移動は中央アジア・コーカサスを象徴するような山々と共に。こんな狭いアルメニアにもこんなにでかい山々があるのかと思わせる。山の向こうは違う国かもしれないけれど、山越えても、また更に越えないといけない山が聳え立つ。で越える度にでかくなっていく。

人生観的には最高なんでしょうけど、たかが移動やし。
Megri Mountain
Mt of Megri
ドライバーのワイルドさのように、最後までダイナミックで且つ優しい中央アジア・コーカサス旅行でした。


思えばキルギス入国時の不安など取るに足らないものだった。
最初は誰かが大声あげるだけでビクビクしてたけれど。言葉の問題や勉強不足、初心者ということはた易くクリアできるものだった。
Border city
Border
それは自分の成長は1%未満なもので。数々の出会いや協力、どこにでもいる"良い人"達にミックスアップされた路中だったと痛感する。

そこから+α、何かをその国にしてあげれることが成長につながると。ワイルドすぎるカマスの運ちゃんを始め、外国の人たちからは新たな価値観をもらい続けていることを実感させる最後の道のりとなった。

改めて感謝。
Kamaz
Super Kamaz
| stroll1 | 17.Armenia | 04:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
One Nation One Republic
Stepanakert
Stepanakert Row
わざわざやってきました、ナゴルノ・カラバフ共和国。
ここは、現状はアゼルバイジャンの領土であるものの、紛争による経緯で、アルメニアのみが独立を認めているという珍しい国。
通貨もアルメニアのドラムだし、ビザも必要、アゼルバイジャンのビザでは入れず、イェレバンでしかビザが取得できないというおかしな現状になってます。
アルメニア出国のスタンプも押されないし、アゼルバイジャン側としてもこんな状態でいいんですかね。

州都のステパナケルトは、いち観光客から見たところ、普通の旧ソ連の街という感じ。
Stepanakert
Stepanakert Row
カラバフ紛争の面影は一切なく、快適そのものでした。そう遠い昔の話ではないはずなのに。

そしてやっぱりアルメニアの文化の影響を受けているのか小さな街なのにギャラリーもいくつかある。
Art
Nagorno Art
で、これまた好きな感じでした。

ここへ来た目的の1つが、「ピパク・タティク(お爺さん・お婆さん)」と呼ばれるモアイ像のようなオブジェ。
Pipak Tathik
Pipak Tathik
結構でかい。街の顔、というかこの共和国の顔とも言える存在で、ビザシールにもデザインされている。市街から割と離れ、ひっそりとまどろんでました。

で、ずっと見ていると、心が「筋肉マン」の世界観に浸り出す。筋肉ハウスとこんなキャラいたような。。。あ、プリンス・カメハメや。
Po
Sickness?
そしてプリンス・カメハメの方、目ヤニらしき物がついてました。誰か気付いたら取ったれよ。

何のために創られたのかは知りませんが、街の人から「ピパク・タティク(お爺さん・お婆さん)」という愛称で親しまれている雰囲気は伝わりました。
Pipak Tathik
Pipak Tathik
地元民に場所を聞いても、皆にこやかに答えてくれたし。
イースター島行ったらこんなんが山ほどあるんですかね。皆さん、次の日食はマストで見ておきましょう。

普通なステパナケルトもほどほどに、シューシにも足を運んだ。
Shusi Row
Shusi Row
けどこの日が最悪の天候。ステパナケルトから1200mほど登ったところにあるシューシは10m先も見えないほどの霧+極寒の世界に。
もともと紛争の際に破壊されたという悲惨な街なんですが、天候のせいで更に悲惨な状況になっていた。

Shusi Mosque
Shusi Masjid
モスクは住民の宗教上、全く手をつけられず放置されていたけれど、街の上の方には立派な教会もある。
Shusi Charch
Shusi Charch
この辺では見たことのない真っ白でややトンがり気味の綺麗な教会は霧の中でぼやけ、普通の3割増しで壮麗に見えた。壁のレリーフや壁画も綺麗。
Relief
Relief
新しいのかな。

最初、街は壊れまくり、装甲車もひっくり返りまくりの当時のまま捨てられたような街だという印象で入り込んだのですが。
Broken Tank
Army Tank
けどその裏側には立派な学校もあるし、建築中の屋根付きバザールもあるし、子供たちは雪合戦してるしで、賑やかな街でした。
子供たちとの雪合戦は、攻防共になかなかハイレベルでした。当てられまくり、よけられまくり。
Shusi Girl
Shusi Girl

バザールの建築現場の親方は、紛争のせいで片足がなかった。けどまだまだやったるわいといわんばかりに、若い衆を叱咤激励しながら現場を操ってました。自慢気味に勲章を見せびらかしたものの、あんまり大事そうにしてなかったのが印象的。どんなもんなんでしょうね。
Shusi Destoroy
Destoroyed Town


紛争の跡地、変な経緯でできた共和国という前情報を持って挑んだナゴルノ・カラバフ共和国。観光客に対し、過去のいざこざを思わせるものはその建物ばっかりでした。みんな優しく、温かく出迎えてくれたこともあり、予想外の実りのある滞在となった。

こんな場所に来ときながら癒されました。
In tha Stepanakert
Stepanakert Town
| stroll1 | 17.Armenia | 03:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
Armenian Religion
In Ethimiazin
Misa in Ethimiazin Grand Charch
イェレバン近辺にて、宗教体験。
それがアルメニア正教徒の総本山、エチミアジン教会のミサ。
Ethimiazin
Ethimiazin
もう門をくぐるなり人のボリューム、完成された雰囲気、いつもと違う匂い・音で、人間の3〜4感に強烈に訴えかけるような行為が行われていた。

ミサがあるのは日曜の12時〜13時頃。
Ethimiazin
Ethimiazin Gate
現地の礼拝者や観光客など、教会に行く人がやたら多い。
なぜかムスリムのイラン人旅行者も「今からミサ見に行くねん」とか言いながらウキウキしてた。いいのか?
到着したのは12時ちょっと前、もうすでに始まっていた。
Ethimiazin
Misa in Ethimiazin
中では聖歌(ゴスペル?)を歌う婦人会的な人たちや祭壇で何か儀式をする神父たち、それを見守る信者たちの熱気で満たされている。
Ethimiazin
Misa in Ethimiazin
ヒンドゥーのようなワイワイした熱気ではない。逆に無駄口を叩くものは皆無。却って、皆が熱心に信教をする、そのパワーを十分感じ取ることができた。

祭壇の上の儀式は物語があるのか、幕が閉まったり小道具が替わったり。幕が閉まるたびに次はどんな演出か?などと気になる。
Ethimiazin
Misa in Ethimiazin
役割によって服の色が違うのか、真っ黒の衣装を着た人はやたら動き回り、年配の多い紫の衣装の人は終始座ったままでした。
Ethimiazin
Misa in Ethimiazin
実は陽気な人ばかり。

聖歌隊はもうプロ、間とか掛け合いみたいなストーリーが見えて聞き入ってしまう。
Singer
Misa in Ethimiazin
指揮者の手振りは勉強不足のため理解できません。後光が差したような壇上で歌う様は、CD買ってしまいそう、そう思わせる威風堂々と言う言葉がしっくりくるようでした。皆さん自信満々に歌う様が良い。

また、いつもよりも多く燃やしてます。ロウソクや線香(ですかね)の煙により、差し込む光がくっきり見える。
Ethimiazin
Ethimiazin
教会では、今まで何気なしに太陽光の恩恵を預かってたわけですが、こうも綺麗に示されるとは。建築技術の高さも感じることができる。太陽光もミサをより神聖な儀式たらしめるものになっていた。
Misa in Ethimiazin
Misa in Ethimiazin


その後訪れたゲガルド修道院。岩山に半分入り込むようにして建っている教会で、一番大きい聖母教会なんかは中の奥行きが思っていたよりも倍くらいある。
Ghehard
Ghegard Monastery
ここもかなり古い教会のよう。色んな時代の建物がそこら辺に建っている。周りの洞窟の中にも祭壇のような形で創られている。
Ghehard
Ghegard Monastery
色んな宗教的背景があるのだろうけど今までは何の気なしに見ていた教会ですが、ミサの後に始めて訪れた教会だけあってミサ効果か、よりインパクトの強いものに映った。
In the Ghegard
Ghegard Monastery
実際に内部の構造やボリュームは凄いんですけど。ここは色が独特でした。
Ronginus
Ghegard Monastery Spear of Ronginese


もう表現しきれないくらいの雰囲気により形作られていたアルメニア宗教体験およびミサ。宗教の力をまざまざと思い知ることとなり、そして自分が異教徒だということも強く感じることとなった。
それでも旅行者の入る隙を余裕で感じさせる懐の深さ、というか受け入れられ易さがそこにはあったと思います。そんな「ウケ」など考えてはいないのだろうけど。そして「ウケ」狙いを感じさせない圧倒的なもの、それが一番魅力的。

個人的に「ウケ」たいけど「ウケ」は狙いたくないと。
ものづくりを志す者としてまた一つ課題が増えたように感じました。
Ethimiazin
Ethimiazin
| stroll1 | 17.Armenia | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
Like a Gallery, Yerevan
Yerevan
Yerevan Street
トルコよりグルジア経由で訪れたアルメニア。現在、アルメニアとトルコは和解が成立しかけてるとこなのでここの国境は閉鎖中でした。残念!

一般的には美女の国で知られてますが、僕は「んー」て感じでした。グルジアのほうが多かった様に感じたのですがどうなんでしょうか?まぁ行ってみてください。けど美人な人は本当に美しい。

まずは首都イェレバンに行ってみたのですが、ここもまぁ都会。
Yerevan
Yerevan Independent Park
で、やっぱりアルメニア正教だからですよね、クリスマスの雰囲気も漂い出した。この辺がトルコなんかとは違うのかな?カフェの音楽とかスーパーで売ってるもんとか。

Yerevan
Yerevan Grand Charch
宗教上、街には教会も多い。で、古い建物を利用しているところをやたら目にする。強度に問題はないのか。
Yerevan
Yerevan Street
けどそんな所が旅行者にとっては珍しく、街歩きにも嬉しい。

バザールも古い建物を利用していた。今ならこんな形にならないだろうと思います、素敵なアーチ型を見ることができる。
Yereva Bazzar
Yerevan Bazzar
はっきり言ってバザールはとっくの昔に飽きてましたが、ここは建物との合わせ技で好きな感じになっていた。いい人も多かったし。
Bazzar Door
Bazzar Door
扉もなんかビンテージもんの匂いを感じる。

国としての歴史はさほど古くないのだろうけど、国としての歴史だけでは何も語れない。今更ながら気付くところ多々あります。
その歴史の中で、イェレバンには勝者の雰囲気というか気概というか、そんなものを感じることがあった。
Yerevan
Mother Armenian Object
母なるアルメニア像もその一つ。元々スターリン像が立ってたらしい。勝者広場にあるそれは、もともと第二次世界大戦の勝利の為に創られたものだそうですが、いまや完全にカラバフ戦線のときの勝利に刷り替わってるような。。
足元が博物館で、その中身もかなり偏った内容。当たり前ですけど。
ここからはイェレバンの街が一望できる。
Yerevan Row
Yerevan Row
空気もそんなに汚いと思いませんでしたが、なぜか毎日スモッグ気味。

あと、ギャラリーがよく目に付く。
ちょっと絵を飾ってるところから本格的に造形物の展示をしてるところ、博物館併設のところなどかなりの数があった。
Yerevan Cascade
Yerevan Cascade
カスカード、巨大な階段状の建物。京都の駅ビルが恋しくなった。。
この中も巨大なアートセンターに。
芸術に対して寛容なのかな?旧ソ連圏では珍しいような気もする。
街中には色んなオブジェクトがあって、積極的な姿勢を感じたし個人的にも色んな発見のある毎日でした。


Silk
Poster of Silk
サーカスは内容よりポスターが良かった。もちろん内容も微笑ましかったですが。


On the Cascade
On tha Cascade
コピペ、コピペ。


On the Cascade
Majic Box
マジックボックス。アンチ精神とも、ピースとも感じられる。


On The Cascade
On the Cascade
そこは普通、水玉にはしないでしょうよ。

ギャラリーは4つほど回れて、好きな感じの作家は4人いました。

イェレバンは今までの街でも、創作意欲を掻き立てられるようなところでした。
それを上手にアウトプットしている作品を多く見、歯がゆい気持ちと共に街を散歩した。
けれどもその街が気持ちのいい散歩コースを創ってくれている。2,3日の予定の滞在を、気持ちよく8日間に伸びることとなった。
古い建物・新しい建物・アート空間など様々なことを含め、そんなナイスなアーティスティック・イェレバンでした。
Yerevan Row
Yerevan Row
| stroll1 | 17.Armenia | 21:13 | comments(2) | trackbacks(0) |
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