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Born to be Tribe 3 -Omorate-
Dasane People
Dasane Working Lady
部族地域の旅行も最西の村オモラテが最後。
ここにはダサネ族なる部族が住んでいるとのこと。そして、他の地域にはない厳しい環境も持っているとのこと。

大好きなディメカからいったんトゥルミまで移動。
Road 2 Turmi
Road 2 Turmi
ここまでの移動は交渉も楽なんですが、ここからが極端に難しい。
地元民30とか40のところを1000とか言うてくる。
結局、これまた仲良くなった奴の紹介で100で落ち着きました。それでも高いっすよ。

このトゥルミもナカナカいい所。でかい村とかは近くにないのですが、でっかい自然を見ることができる。
Sunset in Turmi
Sunset on Turmi
また、ハマル族の中心地的なところでもあるらしい。
まぁ、見所はないですが会う奴全員いい奴でした。ここでヨアキムともバイバイ。

少し時間がかかったものの、無事オモラテまで移動。
Omorate Town
Omorate Town
着いて即感じたのが「暑い熱い厚いアツい」でした。気温は35℃くらいなんでしょうけど、太陽光がやたらアグレッシブ。部族でない人も半裸率が高い。

そしてここでも行っときました、ダサネ族の住む村。ここの部族は遊牧民だそう。乾燥地帯だから当然か。
Dasane Village
Dasane Village
昼間、大人の衆はオモラテの中心地に行ってるのでここも閑散とはしてましたけど、子供や女の子は多い。
ここの子供たちは特徴的なくらい好奇心が旺盛。あと、目立ちたがり屋さんも多い。
Dasane Children
Dasave Children
自分の特技を頼んでもないのに見せつけてくる。

女の子は上半身、服を着てない。服は着てなくてもアクセサリーの類はしっかりつける。ここまでくると1つのお洒落に見えます。
結婚したら"そんなにいらんやろ"と言いたくなるような数の牛と"いい服"がもらえるそう。
Dasane Fasion
Dasane Fasion
お洒落に見えるのは髪形がいけてるからでしょうか。

Dasane Fasion
Dasane Fasion
男の髪型はよく分からない感じに仕上がってました。

部族のエリアはとても広い。数え切れないくらいの家畜と広大な農地、たくさんの子供たち。
テレビもラジオも携帯電話も知らないこれらの人々(中には知ってる人もいる)。オモラテで普通の生活をしてる人から言わせると「すごくリッチな部族」だそうです。
Dasane Farm
Dasane Farm
現代っ子の僕からすると、不便極まりないであろうこの生活も何か潤ってる印象を受けた。

ここの環境でテントで3日間。途中からもうグチャグチャでした。風呂はオモ川。けれど、このクソ暑い中でオモ川を見てるときは、何故か落ち着く。僕という人間は海とか川からはそういう力をもらえるよう。
Omo River
Omo River
川に入ってるときも、単に涼しいからという理由からかもしれないけれど、心が和らぐ。

南西部、合計で1週間ほどのキャンプ生活。もうこの辺まで来ると体は汚いし、臭いし、リュックもグチャグチャで自分自身もドロドロに。
けれどそれはここで暮らす人に1%でも近づけたような生活のリズム。それを望んでる自分が居てた。
途中から自分を包む環境とか部族とか普通のエチオピア人のストラグルとかオモ川沐浴しながら見る風景とかが脳の中で混じり合わずハレーションを起こし出した。
Omorate Town
Omoreta Town


変なお導きがあったかのようなこのエチオピア南西部旅行。ヨアキムもこの地に溶けるような旅行をしていた。
そんな旅行をさせてもらった結果、何が残ったのでしょう。
部族たちの住む地の、その並外れた価値観を見ていると、自分というものが一体何者なのか分からなくなった。

日本での価値観とか見栄とか意地とか、日本で住んで行く分には必要不可欠だったものが、一切残ってない不思議な錯覚を感じることが何度となくあった。
何も残ってない状態で感じたこと、そこに価値を見出してる自分も居てました。

その価値は日本の生活ではほぼ無用の、とても刹那的なものなのだったのだけれど。
部族との出会いは、その刹那的な部分に本意があったように思いました。
Dasane Children
Dasane Children
| stroll1 | 23.Ethiopia | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
Born to be Tribe 2 -Dimeka-
Hamar Family
Hamar Trives Family
勝手に色々と考えさせられてしまうこととなったジンカを後に、次なる目的地はディメカ。
ジンカでもお世話になりまくった、とても気のいいハマル族が多く集まる地域だそう。

けどここ、エチオピア南西部旅行、移動にもの凄くエネルギーを使う。
公共の移動手段が無く、"ISUZU(日本で言ういすゞ)"の運転手に交渉してのこの辺の移動、トラックの荷台で乗り心地が悪いからエネルギーを使う、のではない。

原因はもちろん交渉。
Road 2 Dimeka
Road 2 Dimeka
ISUZUのドライバー、もちろんボってくる。普通30ブルのところ300とか。
で、交渉してると「俺が代わりにやったる」とか言いながら、地元民がギャンギャン騒ぎ出す。それもコレも代行料(チップ)の為。もう誰に頼んだのか、誰が話をまとめたのか、最終的には全く分からないまま、交渉終了後には5,6人のアバシャ達が「俺のチップは?」と騒ぎ出す。
もう、幼稚園の先生にでもなった気分で疲れる。

Road 2 Dimeka
Road 2 Dimeka
その安堵感の為、トラックの荷台での移動は苦にならない。この辺は助かったよ、アバシャ達。

1つ1つの些細なことがとても遠回り、そしてその分出会いが多い。トラックの移動でも何でも、楽しい交流が目白押し。距離以上に中身の詰まった時間を過ごさせてもらった。

Dimeka Uraniwa
Dimeka Uraniwa
ジンカから6時間くらいの移動で辿り着くディメカは、ジンカの広さを1/5くらいに縮めながらも、その魅力を1ミクロンも損なってないような小ぢんまりとした集落。
川あり森あり人の活気ありで、第1印象から最高でした。

この辺からキャンプ生活も始まる。
Camp in Dimeka
Camping in Dimeka
節約の為、という以上に好奇心や「したくなる」という感情からのキャンプ生活でした。それくらいいい環境。

ディメカへ来た目的に、ハマル族の村を訪れる、というのがあった。
マーケットでは見れなかった、部族の日常的なものを見れるのかどうなのか。

村へは通常ガイドを雇っていかないと行けないそうなのですが。
地元学生と仲良くなり、村まで一緒についてきてもらうことに。こいつの名はヨナス。
最終的には何も要求してこないし、何かを売りつけるでもない。インジェラにコーラをつけてゴチ、おまけにT−Shirtsもあげときました。無邪気に喜んでくれる、心底いい奴でした。この子も実はハマル族だそう。普通の生活でしたけど。

Road 2 Hamar Village
Road 2 Hamar Village
村までは「ほんまにガイド必要なん?」と思うくらいの単調な路。
辿り着いた先には時代を間違えたかのような集落があった。

ここの人達は主に放牧、民芸品的なモノ創り、耕作によって生きているよう。
Hamar Children
Hamar Children
この日はマーケットにモノを売りに行く日だそうで、人は少なかったのですが、どの家も邪魔者が居なくなってハネ伸ばせるわー、といわんばかりに家でゆっくり寛いでる姿があった。いつものことなのか?

電気もガスも水道もない、この人たちの生活。もうおのずと全てが必然。
惑わされるとか、迷うとか、そんな物とは無縁なんだろうな、というダイレクトな生活が営まれてました。

Hamar working woman
Hamar Working Woman
この生活を一言で言うとD.I.Y。
日本の生活には普通にあるはずのものがここには何もない。慣れ親しんだポリエステルもないし、プラスチックも全然ない。服も最低限の綿の服くらいなもの。

時代を間違えたかのようなとは読んで字の如く、だけどこの地では日本人とハマル族、どっちが時代を間違えてるのかはわからない。

また、多くの人が出かけているというマーケット。ディメカの中心地で行われていたのですが、ジンカのマーケットと違いハマル族の売り子さんばかり。当然売るものも特別な民芸品ばかり。
Hamar People
Dimeka Market
で、マーケット付近にはハマル族がめちゃめちゃ溜まってる。何をするでもない人たちもここに居る。
何かみんなでマーケットの雰囲気を楽しんでるような。
Dimeka city
Dimeka town
普段はなかなか出て来ないんですかね。

ナチュラルなものだらけの、その色とりどりなマーケットを見ているとハマル族の生活も彩やかに見えてくる。
着るものはそんなに無くても、アクセサリーだけはしっかりつける。そんなセンスと何百年も生きてきたのだなと実感。
Dimeka Market
Dimeka Market
文明化されてしまった僕は、ついつい時代を間違えたかのような、とか時がゆっくりと、とか思ってしまいがちなんですが。時代にそぐうかどうかのジャッジなんて、ここではほんの些末なことのように思える。
時代に流されない、センスと価値観、環境を生まれながらに持ってるハマル族がうらやましくもあった。
Dimeka Market
Hamar Woman
| stroll1 | 23.Ethiopia | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
Born to be Tribe 1 -Jinka-
Dhimeka
Hamar People in Dhimeka
エチオピア南部は民族の宝箱。ドイツ人旅行者にそんな風に言われ、何かムクムクと興味が湧いてきた。
急遽予定を引き伸ばしての、南西エチオピアに旅行。
何の勉強もしないまま、迷いなく予定を引き伸ばせた裏側には、このドイツ人旅行者の存在があったように思う。
このヒッピーを絵に描いて、3次元の世界へ引き出してきたようなヨアキムは4次元的な感性を持っていた。
Yoakhim
Yoakhim & His Sweet

旅行は出会いと迷いと決断が直結してるし、決断が自分を思わぬ方向へ導いてくれますね。
今回はヨアキムに導かれた。ありがとう。

ヨアキムと出会ったアルバ・ミンチからバスで約8時間。土曜マーケットのあるジンカなる所からのスタート。
ここは、南西部の中では最も大きな集落。とはいえ、この辺まで来るとやっぱり田舎。初のアフリカ・カントリーサイドを見た。
Jinka
Jinka Main Street

肝腎の期待していたマーケットはと言うと、全くの期待はずれでした。
色んな部族が独自の品々を売りに来るのかと思いきや、売ってるものは普通の穀物や衣服。
Around tha Market
Around Jinka Market
部族の人たちは購入目的での来訪も多かったです。

あと、1つの目的でもあった唇にでっかいお皿をはめた、ムルシ族なる部族を見ることはできたのですが、もう向こうから「フォト、フォト。5ブル、5ブル。」とか言うてくる。
こっちも意地になって「俺、実際、写真そんなに大事じゃないからね」と教えてやりました。教えながらも写真に収めたい気持ちはアリアリだったのですが。

やっぱり言葉が大事。
いつもの仲良くなってからちょっと記念に、的に撮るのは不可能でした。お金を出してまで撮るのは何か違うような気がしたので、撮ってません。記録にはならないのですけど。

そんなジンカ、それでも居心地は最高に良い。
Around tha Market
Around tha Market
路は温かみのある土の路。さほど乾燥してないから砂埃も無い。
今までにあまり見なかったような、シットリとした印象を持つ土の路だった。
Jinka Air Port
Jinka Air Port

で、そこに覆い茂るブッシュが、ナイスなコントラストを生み出す。
水流も十分にあるから、植物が潤沢にあるんですね、ココ。
Jinka Uramichi
Jinka Uramichi

その印象の為か、途中からマーケットそっちのけで、景色をメインディッシュにコーヒーを何杯も楽しませてもらったり、気持ちのいい散歩を楽しませてもらったりと、その環境を存分に堪能させてもらった。
Jinka Coffee Time
Coffee Break
カフェイン摂取しまくりで何ですが、体の悪いものが抜けていくような。
錯覚とは分かっていつつも、その錯覚を楽しんだ。

部族の世界を垣間見よう、という小さな気持ちで訪れたものの。
その優しめの環境を見ていると、「おいおい、そこじゃないぜ」という大きな気持ちをもらえたような気がする。
ここの人たちはそんな環境のもと、ゆっくりとした生活を送っている。
Jinka
Jinka Row
1つの大きな家族、という形態を見ることができました。


物事は刻々と変化しているし、旅行では自分を置く環境も(自ら望んでいるのだけれど)もの凄い速度で変化する。
それでもここには昔からなんら変わりない生活や感情が生きている。
Road of JInka
Jinka Street
ここジンカに3日もいると、何を観るべき感じるべきなのかが分からなくなる瞬間が何度もあった。

何故でしょう、特異な人々と普通な人々が入り乱れて普通に生活をしているという、これまた奇怪な光景を目の当たりにしたからでしょうか。
地元民にとっては、遠方から来た部族の人も「単なるオトクイサマ」になってました。

せっかく決断できたと思ったのに、また迷う。これは付き物なのだと思えるようにはなってきたけれど。というか、こんなスピードで旅行していると迷わないほうがおかしいのでは?と開き直ることすらある。
そんなユルユルな旅行者に対し、固い価値観を持ちながら接してくれる地元の人たち。「なら、とりあえずは忘れよう」な気持ちをもたらしてくれた。これが無ければ進むのやめてたかもしれない。


Nice Garden
Nice Garden
「出会いたいなら行きなさいよ」と優しく教えてくれたようなジンカの人々。部族地域を赴くこの旅行。これから先どんな部族に、どんな生活に出会えるのでしょうか。
いつもながら行ってみないと分からない。ひとまずはそう思えたことに感謝。
JInka Row
Amasa Gnarow Jinka!!
| stroll1 | 23.Ethiopia | 20:14 | comments(2) | trackbacks(0) |
Ethiopian Jamaican Rastafarian
Shashamane
Haire Serassie I
アディスアベバから北部のエチオピア旅行も早々と打ち切り、訪れたジャマイカンビレッジ。

ジャマイカンビレッジは、セラシアイがラスタファリズムを信仰するジャマイカ人に対し、土地を開放しているという何ともナイスな所。アフリカ回帰運動の中心地とも言われている。
シズラも来た事あるらしい。
ジャマイカ人を受け入れる敷居が低いとか、あのクサがジャマイカ人に対しては合法的であるとかの要素が絡まって、ダメな奴、悪い奴、いかにもピースな奴が集まってました。
Shashamane
Haire Serassie I

最初「ラスタ村」と聞いて行ったものの、そこは普通の幹線沿いの街。
Shashamena
Jamaican Village
地元の人は「ジャマイカ」と呼んでいる。期待させるようなネーミング、やめてよ。

でここにあるナイヤビンギチャーチ。お金せびりまくり。何度も「いやいや、少ない少ない」とばかりにドネーションボックスを押し付けてくる。なら、入場料制にしなさいよ。
Nyabingi Church
Church inside

まぁ、色々とがっかりさせられたことが多いジャマイカンビレッジにもお気に入りの人物は居てました。
この人、大阪にいるグラフィックデザイナーやってるツレにやたら似てる。
Shashamane
Ethiopian Augastas Publo
あとオーガスタス・パブロにも似てる。

後はやっぱ本場のパトワを聞けたのが嬉しかった。「ミアテルヨ」とか「ソミヤセ」とか、そんなに使うんや!な空耳アワーでした。やっぱり言葉は日常的に触れないとダメですね。

だけじゃなく、文化もノリも日常的にどっぷり浸ってる生活を続けているコヤツらを見ていると、何故か負けん気だけは湧いてくる。
日本ではあーやってこーやって、て考える自分もここには居てました。
Jamaican
Nyabingi Church
| stroll1 | 23.Ethiopia | 20:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
Lion City Addis Ababa
Lion city Addis Ababa
Rakugaki
ついつい長居してしまいがちだったアディスアベバ。
街中には気になるライオンが多数いてました。


バスのロゴ。
Lion on tha Bus
Lion on tha Bus
下手くそながら、1番アグレッシブな感じで使われている。


ラクガキ。
Rakugaki
Rakugaki
落書きは本当に多い。クオリティはともかく愛を感じますね。
付け合せに描かれているものの真意は不明。


コレは有名、存在感ありまくり。
Lion of Judah

国立劇場横の「Lion ofJudah」。ネーミングはそのままですけど、妙な立体感がナイス。素材と相俟ってマッシブ!なグッジョブです。


コレは普通にいいでしょう。
Lion of Judah
Lion of Judah
おなじみのオーソドックスな形が一番シックリ来る。誰も何も気に留めてませんでしたけど。


最後はミュージアムにあったコレ。
Lion of Judah
Lion of Judah
てか美術品でもなんでもないのでは?と思わせるくらい基本に忠実な形。顔がちょっと悲しめ。


それぞれの解釈による「Lion of Judah」、それを日本人の勝手な感性でジャッジさせてもらいながらの滞在。
もっと居てたんですけど、撮り損ねも多かったのが残念。自業自得ですけど。

エチオピア人もライオン大好きなようです。
| stroll1 | 23.Ethiopia | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
Great Authodocks
Lalibera St George Church
St Georges Church
北部エチオピア旅行も、時間の都合上ラリベラのみ。
エチオピアは500kmの移動に2日かかる。2日かかるとは言うものの、夜はちゃんとしたホテルで寝れるんですけど。
道が悪く、バスに負担をかけられないのがその理由。
Road to Lalibera
Road 2 Ralibera
速度はそうでもないのに、毎分ホッピングする。天井に頭ぶつけるくらい凄まじかった。
体、そんなにタフにできて無いし、時間に限りがあるのもツライ。

そんな中選んだラリベラ。オウトドックスの聖地やから、という極単純な理由によるもの。
Donation Box
Donation Box
今まで聖地はたいがい行ってきたし、オウトドックスの聖地に行かないのは何か違うと言うか、コンプリート感が無いというか。純粋な好奇心にちょっと邪なスパイスの効いたプチ遠足だった。

石窟教会群、エチオピア正教のイコン、その環境、数あるお楽しみの中でも、その儀式めいた祈りの時間が一番心に響いた。
そこには、最近のムスリム一色の宗教体験を一掃するかのような行為が存在していた。
Moraa
on tha Church Prayer

その舞台となる石窟教会群。これはもう「お陰様です、彫り氏ちゃん」な建築だった。
何故1つの岩を削って教会を露にさせたのかは勉強不足の為わからない。けれどどこを見ても理にかなってるようなディテール。
St. Georges Church
St Maliam Church

彫ろう!と言い出した人には何かが見えていたのか。
装飾やバランスが綺麗。
彫りながらあれこれ楽しんだことでしょうね。
St Medihame Church
St Medihame Church

内部にはエチオピア正教のイコンが多数。明らかに下手なものから、年季の入ったオーラを感じるものまで。
Icon
Ethiopian Icon
下手くそでクレイジーな色遣いのものが個人的にツボです。ツボすぎて「ヘタウマの極致」に決め込んだコレ。
Icon
Ethiopian Icon
ヤッツケ仕事ではないと信じたい。

また内部はイコンの他にも、その造りがなんともいえない立体感で構成されている。彫りつつ彩色されつつ、色んな尊敬の念が込められているような、自分たちの祈りの場を創る、と言う強い想いを感じた。
Inside tha Church
Church inside

そんな中で行われている祈りはやはりボリュームがでかい。
入り込みすぎの人もいるしボーっと突っ立てる人もいる。全く動かないからすごい。
Prayer
Prayer in tha Church
その歌のような、ポンチーロンのような、祈りをずっと聞いてると、トリップする。
Prayer
Prayer in tha Church
もう至る所で。

この協会群、発祥は12世紀とかそんな物なのに、今でもなお現役で使われている。
昔っからずっとこんな調子で、エチオピア正教を支えてきたのかと思うと、その膨大な行為に何とも言えない、どうやっても言い表せばいいのかわからない尊敬の念を感じる。
Prayer
Prayer in tha Church

アディスアベバからこっち、何かラフでタフなエチオピアを感じてきたけれど。ラリベラではその宗教体験を以って、その両方を見せられたような気がする。
皆、ただ単に「信じてるから」そうなるんでしょうけど、信心浅い僕にとって、不思議であり羨ましくもありちょっと息苦しくもあるけれど、それを全部肯定してしまえるような空間がそこにはありました。
Prayer
Prayer in tha Church
| stroll1 | 23.Ethiopia | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
Ruff'N Tuff Addis Ababa
Addis Ababa
Addis Ababa
早くもエチオピアの首都・アディスアベバへ突入。
特に見所はないとは思いつつも、エチオピアの中心地だけあって、色んな奴に出会える。
女の子はみんな可愛いし、男はキマってる奴が多い。そしていい意味と嫌な意味で、悪い男も多い。
おまえエセラスタやんけ、という尊敬できない奴も中にはいる。
そこではセラシアイを売りもんにしてる節が感じられ、イラつく局面も。こっちもこっちで、人間がまだまだできてません。
Addis Bole Rd.
Addis Bole Rd.

それでもラフで気持ちのいい人間が多いのは事実。
時間とお金に余裕を持てば、思わぬレスポンスが返ってきたりする。
そんな色んなことを踏まえても、アディスアベバはついつい長居してしまう街だった。

けど観光といえば教会回ったり、ミュージアムにルーシー(最初の人間と言われている)に会いに行ったりするくらい。
ミュージアムのルーシーは思ってたよりも小柄でぽっちゃり系の美人さん。
Rucy
Hello I'm Rucy

それ以外にもセラシアイの冠とか、肖像画とか色々見れる。
Crown of Haire Serassie I
Crown of Haire Serassie I

教会は、オウトドックス(エチオピアン正教)のイコンや教会の中にラスタカラーがあるという、初めてな感じが面白かった。ここでもセラシアイの棺とか衣装なども見れたりする。
Holly Trinity Church
Holly Trinity Church

その辺のことよりアディスアベバ、人との絡みが一番濃い思い出。
初日からツルみ出したエチオピアンにローカルお宅訪問させてもらったり、生活のシビアな面について一緒に考えさせられたり、レゲエ談議させてもらったりと、日本に住んでた頃の、"遊び"の部分の延長線上にあるような生活をさせてもらえたように思う。
まぁ、日本での"遊び"を延長させても味わわない、別ベクトルでの延長線上にあるんですけど。
相手は黒人やし。遊び方も違う。色んなサイクルも違う。おまけに、カッコつけ方も違いました。

感性の似てる人間は多かった。
Addis Ababa
Addis Ababa around of Piazza

そんな奴らもお金には完膚なきまでにシビア。
その習慣として面白いのが「ボロ」なるシステム。ツレと1テーブル共にした時なんかは、誰かが全部払う。
次はこの借りを誰かが返す、みたいな。完璧には把握してませんけど。
何回も「あー、ヤミ・ボロ(レゲエアーティスト)のことやんな?」とか冗談交じりに交わそうとしても真面目な顔で「違う」とか言われる。いや、分かってますよ。

あと、結構仲よーなったペインターに「遊ぼうやー」とかで電話しても「飯は招待して(奢って)くれんの?」て普通に聞かれたりする。
70%は奢り、30%は奢ってもらうような割合。
こんな感じで、結局は何回もタカられた。
たまに受けるご招待が、この上なく嬉しかったりする。

けど、それが嫌ならエチオピア人なんか初めから無視してればいい話で。
そうできないのは、奴らとの時間が楽しかったから。
お金、こっち持ちならこっち持ちでそこは目をつぶる。向こうにそんな感情は一切無いのだろうけど、そうならそうで、その時間をいかに楽しむかを身をもって教えてくれた。

僕にとっての、ガイディングタウン・アディスアベバ。
色々出会えます。
Addis Ababa Market
Addis Ababa Markat
| stroll1 | 23.Ethiopia | 18:52 | comments(2) | trackbacks(0) |
Last Mouslim?
Harar Gate
Harar Gate
エチオピア最初の観光地は、ムスリムの聖地の一つとも言われているハラールへ。
ここは城壁に囲まれた街らしく、その中に99個ものモスクが点在しているよう。
Harar in tha Jugol Row
Harar Street in tha Jugol

それだけでなく、ここにはハイレ・セラシアイの住んでた家があったりする(まだラス・タファリであった頃)。
どれかは分かりませんでしたけど。。。観光名所ではないのか。
Harar Row
Harar Row

この街は、モスクよりも迷路のような小道が面白い。
なぜかムスリムの街ってこういう都区計画が多いような気がするけれど、それはムスリム的なセンスなんでしょうか。
Harar Row
Harar Row
実際歩いててどれがモスクなのかもよく分からない。それぐらい多いと言うことなのか。

エチオピアン・モスクにそこまで期待はしてなかったけれど。
ここでは小道に迷い込んでの地元民との遊び、そして最後になるかもしれない「アッサラーム・ワーレイクン」の掛け合いを楽しませてもらった。
同じムスリムでも、ここの人たちは女性もオープン。よく働くしよく喋る。
Harar Row
Harar Meidarn
道端であけっぴろげに喧嘩もしてるしで、やたら熱気のこもったシーンをよく目にした。
小さな小道それぞれにストーリーを感じる散歩でした。
Harar Market
Harar Market

また、最後のムスリムの街にして、コーヒーロードもここから始まるのか。名物らしいハラールコーヒーもここでは飲めるよう。
かなりの数あるカフェのみならず、道端でもコーヒーをポットに入れて売る人たちを多く目にすることとなった。
Harar Coffee
Harar Coffee
このコーヒーはけっこう濃い。砂糖を多めに入れて飲むのがここの人たち流だそう。
とても甘かったのですが、それでもコーヒーが負けてないというか。
昔からこの味を楽しんできた文化ならではの飲み方なのかと勝手に解釈しました。
簡単に言うと「甘くておいしかった」です。大人のキャラメルみたいな。

わずか1日の滞在でしたが、夜は夜でビールが20円。ハイエナの遠吠えとダサカッコいいレゲエを聞きながらのチルアウトタイム。

それはすごくすごく個人的な順序から来るものなんだけど。いろんなことの移り変わりを感じながら、新たなことが次々と起こる「エチオピア・始まりました」な街でした。
Harar Row
Harar Row
| stroll1 | 23.Ethiopia | 18:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
Straight to Ethiopia
Straight 2 Zion
Road to Dire Dawa
ちょっと一悶着あったジブチ滞在。予想以上に長く、一週間にも及んだ。
その間にもJICAのお宅訪問や、全然使えない個人エージェンシー・ハッサンとの出会い・格闘、笑顔がとり得のドライバーとの格闘など、濃く色々な出会いの思い出が残るジブチとなった。
Good bye Djibouti
Thanks Djibouti

けど宿代の高さが脳裏に一番焼きつく。
そんな訳でさっさと待望のエチオピアへと一路目指すことに。

まぁレゲエを聞く者として、必ず行っておきたいのがエチオピア。
僕はラスタでは無いけれど、尊敬するラスタの世界に1歩だけでも近づけるかも、と言うミーハーな気持ち50%の旅行です。
それだけに楽しみにしている箇所は少なくない。
それ以外にも見るべきもの、感じるべきものは多々あるはず。

で、ここからエチオピアのバス事情が始まる。
Road 2 Ethiopian Bus
Bus to Ethiopia
バスは全て早朝発。5時とか6時とか。で出発は未定、人が集まり次第と言う有様。
この日は7時には発車できてました。乗り心地は悪くないんですけどね。お洒落やし。

それ以外は何の問題も無くエチオピアへ入国。

けど、こっからが問題でした。
イミグレーションで置いてけぼりにされ、荷物もほったらかしに。
何も盗まれてないという奇跡的な状況でした。
Terminl on tha Ethiopian Immigration
Terminl on tha Ethiopian Immigration


その後、何とかオンボロバスに乗り込んだものの、そのバスは目的地ディレ・ダワに着くまでに2回故障、2回パンクという「なら走らすなよ」なスーパーマシンでした。その為、エチオピア初の行程はじっっっっくりとしたものに。

その間にもエチオピア料理・インジェラをゴチになったり、カートをゴチになったり(エチオピアでもカートは合法、ちなみにジブチでも合法)、エチオピアの気持ちいい気候と自然をゴチになったり。
Injera
Injera

蓋を開けてみれば予定より10時間オーバーの国境越え。
それでも皆の明るい気質に導かれ、「それはそれで楽しもう」なエチオピアとなった。
View from tha Bus
View from tha Bus

個人的な尊敬の念を抱いている国・エチオピア。
それだけで、バスからの飽き飽きするような景色から、ガイダンス的なものを少なからず感じることができる。
何を以ってどう接するか、大事なことを早くも教わったように思う。

まさに「Life is one big load with a lots of sign」。
サインを感じるも感じないも自分次第。見逃さないように生きたいです。
Lots os Sign
Road to Dire Dawa
| stroll1 | 23.Ethiopia | 22:58 | comments(2) | trackbacks(0) |
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