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Rwanda Living Strongly
Ceremony
Ceremony of Genocide
ジェノサイド、その後。ルワンダに来る目的の1つにして最大の理由でした。

まずはキガリのメモリアルセンターを訪問。
ここはその背景から現場の映像、その後の流れを分かりやすく見ることができる。
だけじゃなく「ホロコースト」や「アルメニア大虐殺」など、過去の過ちについての知識も展示されている。
KIgali
View from Memorial Center

過ちに学ぶことができなかった(それが情報不足であったにしろ)事を受け止め、二度と犯さない。
肯定的な展示でした。
それでも市民が市民を襲う、ルワンダのジェノサイドは確実に異質でした。

もう1つが、ギコンゴロはムランビのメモリアルセンター。
Mulambi
Mranbi Memorial Center
ドアを開けた瞬間から、その悲惨さが伝わる。

そこには、年月が経って白くなってしまった黒人たちの亡骸が無造作においてあった。
Victims
Mranbi Memorial Center
子供の亡骸が多い。
頭に同じような傷があるのが多い。
足が、腕が、首が無いものも多い。
そして口を開けている者が多い。その瞬間のまま、今なお最後の思いを伝えているように見えた。
部屋の中に入るのがためらわれた。
形相や異様な臭気やその亡骸の多さから、色んなことが頭から抜け落ちた。
こんな部屋が24室もある。
Victims
Mranbi Memorial Center
心の未熟ないち旅行者にとって、本来考えなければならない事を忘れてしまう光景だった。
光景がショックすぎて、「人が人を確実に、本当にこれだけの命のやり取りをした」というところまで頭が回らなかった。

それでも頭の中を必死に整理する。
けれどここでは、整理すればするほど分からなくなることばかりだった。
Remains
Mranbi Memorial Center
どう言い表していいのか分からない。
僕の脳みそではどうとも言い表せない。
昔の出来事と今の現状、それを見ている事実。それのみが感情として心を満たしていた。

ギコンゴロ周辺では5万人の犠牲者が出た。このメモリアルセンターは、学校の校舎予定地だったとのこと。
ここで殺された人たちは埋葬されず、その身体を持って事実を伝えている。

ここでは案内してくれたエマニュエルさんにも色々話を聞ける。
今まで知らなかった、聞きづらかったルワンダ人の本心も聞くことができた。
Murambi
Mranbi Memorial Center
ここの訪問はさすがにクラった。
今まで生々しい映像を見ても「遠い国のこと昔のこと」と頭のどこかで考えていた。
ここにあったのは「人間のこと未来のこと」だった。

帰りがけ、頭はやっと落ち着いて冷静に考えられるようになった。
この過去を持ち生きている人のこと、今なお病んでいる人のこと、親のいない人たちのこと、隣人をなくしてしまった人のこと、

答えを探さないといけないことはまだまだいくらでもあった。
Road 2 Murambi
Road of Gikongoro
帰り道、考え中の僕の脳みそには無邪気な子供たち、フレンドリーな大人たち、豊かな環境が飛び込んできた。
行き道と同じ光景なのだけれど、違うように見えた。
Road 2 Murambi
Lovely Family
確実な答えは無いけれど、ルワンダに救いは確実にある。
人々の生活を見ていると、何故かこっちが助けられたような気がし、感謝の念いっぱいでこの地を後にした。
Road 2 Murambi
Road to Future
| stroll1 | 26.Rwanda | 17:14 | comments(2) | trackbacks(0) |
Straight to Rwanda
Kisoro
Uganda - Rwanda Border
カバレで思いっきりチルアウトした後は、お決まりの移動。ウガンダからルワンダへ。
ボーダーの街、キソロは1泊半日くらいの滞在。
火山の望めるこの街もゆっくりすることができそうなところ。ウガンダ、何もないようなところに色んなモノを詰め込んでる。ズルいです。
Kisoro Volcano
Highest Mountain in Kisiro

そんな癒されまくり、ズルズルいきまくりのウガンダだったけれど。移動するとなれば話は早い。
この日も「過剰人員ですよ」といいたくなるようなバイクタクシードライバーとの交渉から始まる。

もぅドバドバ集まってくるウガンダ人に飲まれながら、気付いたらバイクで出発。
終始こんなペースでした。
不思議なワープ感を生んでくれるウガンダ人たち、ありがとう。
Kisoro Border
Moter Man
そんなウガンダもそこそこに、一気にルワンダへ。
ルワンダに対しては「ホテル・ルワンダ」で得た知識からの、悲惨な背景を持つ国としての認識のみ。

ボーダーを越える前でもなお越えてからでさえ、僕の中で「ジェノサイド」という存在感が大きすぎて、それ以外の感受性が乏しくなってしまう。
Road 2 Rwanda
Rwandan Border
この人は何族か?とか、殺した側なのかな?とか、16年前やったらこの人ちょうど20歳くらいよな?とか、そんなことばかり考えてしまう。

最初の街・ルヘンゲリに辿りつくまでの移動では、そんな問いには一切の答えも出ない。
Rhengeri City
Rhengeri
それどころか、「問い」自体に信憑性を失うやり取りばかり。
人は本当に素朴で親切、昔から協力しながら生きている、そんな空気のみのルワンダを感じてました
Rhengeri Marche
Rhengeri Marche
疑問・原因に対し、早々と結果を見せつけられた国境越え。
この結果を見た事で、ジェノサイド後どんな過程があろうとも、乗り越えたツチ族・フツ族・トゥワ族に対する畏敬の念は揺るぎないものになるだろう、そんなことを教えてくれた国境越えでした。
Kabale City
Rhengeri Row
| stroll1 | 26.Rwanda | 21:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
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